物造りの原点

FF車用
超大物ダイカスト金型を設計した 若者達

2001.6.15 第2回更新

1.FF車
今から二十数年前(昭和50年代)、おりしも日本はオイルショックの 後遺症でガソリン価格は高騰し低燃費車の開発が急がれていた。一方エンジン の排出ガス対策で性能は全体的に低迷し、エンジンの燃費向上、 車両の軽量化は待ったなしの状況であった。
この状況を打開するため今まで自社としては量産経験のないFF車を 造ろうとしたメ−カ−があった。
FF車はあの重い鉄パイプのプロペラシャフトが不要となり車の床面が フラットに出来るため小型車でも室内空間が広くとれ、おまけにエンジンと ミッション、デフを車の前方に纏めるため、いくつかの機能部品が1つに集約 され、車全体としてもコンパクトで軽量設計が可能となる。

2. 1500c.cFF車用トランスアクスルケ−スと金型設計
 この一体化された部品はトランスアクスルケ−ス(マニュアル)といって 車の前方に配置されたエンジンの回転力を前輪に伝えるための装置で、 今まで見たこともないような複雑で大物のダイカスト部品だった。
大きさも今までの最大級のダイカストマシンで(型締め力1650トン) 鋳造しなければならない。

 古い歴史を持つ鋳物業界ではあるが、この会社ではダイカスト鋳造は一番 新しく導入した鋳造法でダイカストの経験者は少なく、技術者は全員若い。
このアクスルケ−ス用金型の設計はその中でも経験の一番長いチ−フ 技術者が型の構造、アルミ溶湯を打ち込む湯道等の構想設計を 担当し、中堅、若手がその細部設計をするというチ−ム 編成でおこなった。
これだけ複雑な部品の隅々にまでアルミの溶湯を一瞬の内に行き渡らせること、 その溶湯を型内冷却で急速に凝固させ、型から外した製品の形状、寸法を非常 に厳しい公差内に入れるというような経験はいまだかってない。 小物部品の技術デ−タを参照しながら、補正値を加え金型設計を進めていった。
出来上がった金型はアクスルの内部形状を形作るスライド入れ子を3個備えた 高さ1.1m横幅3.5mの巨大なものとなった。
 テスト鋳込みでは型設計に携わった技術者、設備技術者 は毎日昼の間自ら鋳込み、デ−タを採り、夕方からそのデ−タを持ち寄って 今日の結果とその対策、明日のテスト計画について議論し深夜になることも 常だった。 特にテスト結果によってはその夜のうちに自ら金型を削りアルミ溶湯を打ち込 む湯道を変更することもしばしばだった。 そのようにしてこの複雑、大物部品の形状、寸法、内部品質とも完成し、 当初計画通り(s53/8)FF第1号車が発売されることになった。

4. 超大物ダイカスト金型を設計した若者達
このようにして造られたFF車のよさが認知され、小型車はFF化 という流れの中で、今度はさらに大きい1800cc級FF乗用車の開発 計画が持ち上がった。 今まで立ち上げてきたFF部品よりさらに複雑で超大物のオ−トマチック トランスアクスルケ−スがダイカスト部品として新設計された。
ダイカストマシンは自社の最大マシン(2000トン)をもってしても型締め力が 足りない。新たに2500トンマシンを導入することになった。

トランスアクスルケ−スとオ−バ−ドライブケ−ス (右端)
01.6.4撮影


ベテラン技術者が超多忙を極めているこの時期に、さらに複雑、超大物のオ− トマチックトランスアクスルケ−スダイカスト金型を設計しなければなら ない。

「この大仕事を俺達がやる」と入社後程なくの若い技術者達が立ち 上がった。(こう書くといかにもNHKの”プロジェクトX”の匂いがするが、、、、 当時としては事実、皆が新しいことに挑戦する意欲に燃えていた。)
この集団のまとめ役は大学卒業後3年目の技術者で、彼を中心にベテラン技術者 が描いた概略構想図をさらに詳細構想図にし、技術派遣会社の若い2名の 技術者と関連会社からの実習社員がその細部設計をするという陣容でスタ−ト した。
4人はドラフタ−に向かい黙々と手書きの図面を描きだした。図面枚数は A0からA4まで大小合わせて実に380枚にもなった。
先行するFF部品の工程整備状況を聞き込み「不良対策、サイクルタイム短縮 、安全性、生産性、段替え性等」の観点から一つ一つ技術的課題をクリヤして 型設計を行っていった。
以下の1-6項目はその一例であるが、専門用語が出てくるので、興味のある 方のみお読みください。

  • 下スライド上に残る水溶性離型剤の水抜き機構開発
  • 入れ子スライド面へのバリ差し防止、かじり防止のためのクリアランス設定
  • 型剛性計算とシリンダ支柱位置の設定
  • 超大型金型(20トン)吊り具開発
  • 保全性を考慮して鋳抜きピン脱着容易化構造採用
  • 型温コントロ−ル用センサ−の開発等です。

中でも彼らがこの型設計の中で最も苦労したポイントはマニュアルアクスル ケ−スにはない油圧回路の圧洩れ対策と、通称大砲の弾と呼ばれているギヤ しゅうどう面を造る星型凹凸部の寸法精度確保だった。
圧洩れを防ぐため製品の厚肉部には鋳ぬきピンを徹底的に設置し均肉化を 計ると同時に、ヒ−トスポット部を作らない外冷及び内冷水路の設計を 工夫した。
又寸法精度確保のためにおお元の金型を測定する通止めゲ-ジを 作り金型の完成状態と生産途中での型磨耗管理に使用した。
こうして出来上がった金型は高さ3.9m横幅3.9m、重さ20トンで5つのスライド シリンダを持つそれこそ超大物ダイカスト金型だった。

この巨大な金型での第1回目のトライを無事終えたメンバはほっとするのも 束の間、工程整備という本当の戦いがこれから始まるのを覚悟していた。
前述したようにオ−トマのアクスルケ−スはマニュアルアクスルケ−スに比べ、 油圧回路を持ち、高圧のオイルを扱うのでダイカスト製品からのオイル洩れは 絶対にあってはならない。
昔からダイカスト鋳造法はアルミ溶湯を金型の 中へ高速、高圧で打ち込むため薄肉軽量品は造りやすく生産性は良いが、短所 として溶湯を打ち込む時空気を巻き込む、又急速冷却で厚肉部に収縮巣(空洞) が出来易いこと等があり耐圧部品には向いてないとされていた。
前述したように彼等はこの難問をクリヤ−すべく設計時点で徹底的に鋳抜きを 実施し、ダイカスト素材の均肉化を図った。

しかしこの設計で内部欠陥の発生を防ぎ、圧洩れ不良は皆無になるだろうか、 経験がない。
今ならコンピュ−タシミュレ−ションで前もって予測も出来るが、 当時は小物ダイカスト品のデ−タを最大限活用し、対策を型設計に盛り込んだ ら、後はトライ&エラで対策を積み重ねていくしかない。
現場で自分が設計した金型を使い、設計者自らが鋳込み、設備技術者、 型製作者と一体となって結果を解析する、デスカッションする、修正するとい う正に「現地現物主義」を連日連夜繰り返した。

こうして立上げ目標日程に向けて遅々とではあるが着実にこの難物のアクスル ケ−スを造り上げていった。

物造りのために現場で自ら手を汚し、修羅場を潜り抜けた若い技術者 達が二十数年後の今、広く世界にダイカスト工場を計画し、その立ち上げの 中心となって活躍している。


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