*定年おじさんの遍路雑感
癒しの風景を探して
     (17日目)

17. 遍路宿 こころ

2002.5.27第24回更新

昨夜は67番大興寺のすぐ裏の「民宿おおひら」で泊まりました。67番を打ち終 えた時、まだ4時前で宿に入るには少し早過ぎます。9km先の70番本山寺 のお参りを済ませました。
従って、今日は70番の前を素通りして、68番・69番札所へ直接向かいます。この 二つの札所は、山号はどちらも七宝山と言い、寺名はそれぞれ神恵院、観音寺と 言います。同じ場所にあり、納経も2つの札所分を一緒に出来るといいます。 そんな旨い話があるのだろうかと、半信半疑で宿を出発しました。
曇り空ですが、すぐに降って来る事も無いだろうと高を括って、雨の準備をせず に走り出しました。しかし、読みは外れました。暫らく走ると、突然風が強くなり、 黒い雲が飛ぶように流れて行きます。70番に行き着く前に、ざあざあ降りになっ てしまいました。頭からびしょ濡れになりながら、近くの高速道路の橋の下へ駆け込 みました。橋脚の隅に身体と自転車を引き寄せて、直接雨が当たるのだけは凌 ぎましたが、横殴りの風に乗った飛沫からは逃れ様がありません。通り雨かと 思って暫らくじっとしていましたが、止む気配がありません。細かい水しぶきが 身体中を濡らし、寒さで震えあがります。お大師さんが、橋の下で一晩休まれたと いう話をガイド本で読みますが、それが冬からこの時期に掛けてだったら、寒さで 凍え死ぬ思いだったでしょう。
30分待っても雨は降り続いています。こうなったら腹を括って、完全防備の雨支 度をし、飛び出していくしかありません。
向い風の吹き降りの中を、堤防沿いに68・69番札所を目指して再び走り出し ました。汗と襟首から進入してくる雨で、胸から背中に掛けてびしょ濡れです。 こうなったら、風呂にでも入ったつもりで走るしかありません。かなり 走って、財田川の川幅も堤防道路幅も広くなり、走りやすくはなってきましたが、 雨風は一向に弱まりません。土砂降りは続いています。大きな雨粒が川面を 叩き、波立たせています。こんな雨の中を走るのは遍路に出てから初めてです。
更に走っていると、後ろからクラクションを鳴らしながら近づいてくる車がありま す。こんなに広い道路です。まさかおじさん目掛けてのクラクションではあるま い、と思っていたら、1台の白いバンがおじさんの前で突然止まり、窓からおば さんが顔を出しました。昨夜の宿のおばさんです。
おばさんは、頭から雨を被りながら、おじさんに向かって叫んでいます。「昨夜、 おじさんの隣の部屋に泊まった男の人を見掛けなかったか」と言いながら、 右手に携帯電話をひらひらさせています。近くに寄って聞いてみると「部屋 の掃除をしていたら、携帯が忘れてあったので、急いで追っかけて来た。67番、 70番の札所の中も探したが見つからなかった。何処かで見かけなかったか」と 言うものでした。
彼も確か自転車遍路だったはずです。おじさんの方が早く宿を出たし、おじさ んは67・70番は昨日廻り終え、今日はパスしています。彼の方が、まだ後ろにい るはずです。その旨おばさんに話すと、「もう1度探す。見かけたら電話するよう に言って下さい」と言って車をUタ−ンさせ、雨の中へ消えて行きました。
おじさんは暫らく考えてしまいました。どうしてこんな土砂降りの中、あんな に真剣に探してくれるのでしょう。本当にいい人達です。しかし、いい人達とい うだけでは説明がつきません。きっと、いい人達である上に、お遍路の皆に、是非と も結願してもらいたいという強い意志があるからなのでしょう。そう願う気持 ちが、四国遍路を支えてくれているのだとつくづく思いました。
「遍路宿のこころ」を見せてもらいました。


2002.3.24
68・69番札所  神恵院・観音寺仁王門


68・69番札所を打ち、 72番曼荼羅寺に着く頃には、あれだけの土砂降りも上がり、時々、日が差すように なってきました。午前中の荒れ模様が嘘のようです。田圃の畔道を菅傘・白 衣に身を包んだ老若男女の遍路が鈴の音を鳴らしながら進む風景は、長閑でど こかノスタルジックです。こんな風景を追い越しながら、75番善通寺から78番郷 照寺までを打ち終え、17:30、坂出市の川久米旅館に到着しました。



2002.3.24
74番札所 甲山寺仁王門


トップへ             次へ