*定年おじさんの遍路雑感
癒しの風景を探して
     (12日目)

12. 挨拶 風景U

2002.5.22第19回更新

白衣の下にウインドブレ−カ−を着て丁度いいくらいの、ちょっと肌寒い朝です。 50km先の大宝寺に向けて自転車を走らせます。白子町は、旧家の並ぶ町場 もあれば、谷間の町もありの、色々な顔を持つ面積の大きな町でした。白子の町並みを 外れて暫らくすると「谷間の町」と書かれた看板が出てきます。確かに深く切 れ込んだ谷川の両岸の山肌に、雛壇のように綺麗な白壁の家屋や蔵が並んでい ます。朝日を受けた白壁が映えて見えます。山間と言っても、信州の山深さは感 じません。日の光が降り注ぐ、明るい谷間の町です。


2002.3.19
内子町の枝垂れ桜満開


学校へ急ぐ小学生の列の横を通りかかったら、「おはよう御座いまーす」と合唱 のような挨拶を受けました。おじさんも負けずに大声で、「おはよう御座いまーす」 を返しました。どこかの遍路本にも、見ず知らずのお遍路に挨拶する小学生に感 激したと書いてあったのを思い出します。
更に谷川の道を上って行くと、向うから自転車に乗った女子中学生がやって来ま した。すれ違いざま、その中学生が突然、「おはよう御座います」と言って走り去 って行きました。驚いたおじさんは「おはよう御座います」のお返しが遅れて しまいました。
おじさんの子供の頃、近所の大人達に挨拶しなさと言われて育ち、子供にも同じ ように言って聞かせたのは憶えています。しかし、今時は、隣の奥さんの顔も定 かでない生活が続き、ついぞ知らない子供から「おはよう御座います」など言 われたこともないし、言ったこともありません。「挨拶は人間関係の基本」という ことくらい誰でも知っていますが、こうして小中学生の挨拶 に実際出っくわして、改めて、今の生活態度の不自然さに気が付く愚かさに恥じ入 ります。
内子町を通り抜け、小田町に入ってもなお登り坂は続きます。谷川に掛かる橋を 2度ばかり渡り、カ−ブの坂道でおじさんのもたもたした走りに業を煮やした のか、男子学生が追い抜いて行きました。追い抜きざま「おはよう御座いま す」と挨拶するではありませんか。女の子のみならず、腕白盛りの男の子まで も「おはよう御座います」とは嬉しいねと思いながら、その学生の後ろを走っ て行くと、その学生はなんと「小田高校」の校門へ消えていきました。
知らないお遍路に「おはよう御座います」の挨拶する小学生から高校生まで、、、。 一体どんな躾がなされているのでしょう。お爺さん、おばあさん、両親が白衣 のお遍路にする挨拶を、赤ん坊の時から見て育つ環境があってのことでしょ う。この谷間の町にも、お大師さんの影響は確実に残っていました。心が洗われる おもいです。
44番の納経所はがらんとしていて静です。おじさんが入っていった時、寺号を 書く女の人が二人向き合って、なにやら真剣に話しています。掛け軸と納経帳 を出し「御願いします」と言っても話しは止みません。話しながら器用に華押を 書き、寺印を押していきます。女性同士の、世代間に跨るのっぴきならない話のよ うです。この問題は、お大師さんの時代から今に至るまで、何処でも、何時でも ずっと続いている問題かも知れません。心なしか、寺印も華押も右肩上がりのようで す。1箇所くらいこういうのがあってもいいか、、、。


2002.3.19
44番札所 太宝寺 仁王門


今日は朝から1日中坂道を上り続けたような気がします。ところが、夕方になっ て、それまでのもやもやを吹き飛ばすような大滑降が待っていました。標高720mの三 坂峠から100mまで一気に駆け下りるフィナ−レダイビングでした。昨日といい 今日といい、上りのだらだら坂に比べ、このダイナミックな下り坂は、お大師さんか ら自転車遍路への最高のプレゼントのような気がします。十分堪能しました。 ただ、それだけに逆打ちの凄さは想像を絶します。


トップへ             次へ