*定年おじさんの遍路雑感
癒しの風景を探して
     (5日目)

5. 癒し 風景T

2002.5.7 第12回更新

今日は100kmの長丁場です。早い朝食を済ませて、いざ出発と自転車に跨ると・・・、 ちょっとタイヤの空気が足らないようです。100円ショップで買った空気入れ を試したが、どうも十分でないようです。このまま走ろうかどうしようかと玄関前でうろ うろしていると、頼んでもないのに奥からおやじさんが走り出てきて、前の小屋 から空気入れを持ってきてくれました。朝食の準備に大忙しのおかみさんが、玄関の 様子を横目で見ていたのでしょう。遍路の困り事に、さりげなく気を使ってくれ る民宿ご夫婦の気持ちがうれしい。奥で働くご夫婦に大声でお礼を言って、室戸 岬目指して走り出しました。
22番平等寺を打ち終わって、暫らく走ると国道55号線に出ます。


2002.3.12
22番札所 平等寺、 石段に厄落しの1円玉


此処からは、迷う ことのない1本道で、この55号線をひたすら室戸岬目指して走ることになります。 徳島県最後の寺・薬王寺にお参りし、再び55号線に乗ると、直ぐにかなり長くき つい坂道となります。坂道を登り切ったところが日和佐トンネルで、ここはガ− ドレ−ルの有る広い側道が付いています。このトンネルを過ぎ、直ぐ又次のトン ネルになりますが、こちらの側道は大変狭く、自転車で通ると、後ろの荷物が側 道にすりそうで、いかにも不安定な走行をしなけ ればなリません。右手に持った懐中電灯を、後ろから来る車に向かって大きく振り ながら走る、命がけの走行です。トラックの通過音は物凄く、車の風圧を感じな がら聞く轟音は、電車のガ−ドレ−ル下より凄まじい位です。トンネルを抜けると、 命拾いしたような気持ちになります。
55号線の日和佐辺りの山の中は、きつく長い坂道が続きますが、此れでも地図の上 では海岸に近いところを走っているようです。この坂道をゼイゼイ言いながら 漕いでいると、坂道の頂上付近に町の観光案内板が見えてきました。そこには一 言「海がめのくる町」と書かれています。はあはあ、汗だくのおじさんは、気持 ちに余裕がなく「こんな山の中に海がめなどくるものか」、「どうしてここに、こんな 看板を立てたのか」と、少々八つ当たり気味です。しかし、坂道を登りきり、さあ下りとな ると、これが不思議なことに気持ちはがらりと変り、周りの山々が輝いて見えま す。風が体の両側を気持ち良く流れて行きます。こんな素敵な山里へなら、海がめが 出てきても良いような気がしてきます。いい気なものです。
朝から走りっぱなしで牟岐町まで来ました。11時5分、ちょっと早い昼食に、町役 場近くの喫茶店でト‐スト+コ−ヒ−を頼みました。 私の後ろの席から、主婦と思しき女の人の話し声が聞こえてきます。 ずっと話し込んでいたのでしょう、おじさんが席につこうがお構いなしに、大き な声で話し続けています。どうも娘の登校拒否の悩みを、かなり深刻に相談して いるようです。全国何処にでもある同じ問題が、ここ四国でも起きているようで す。善きにつけ悪しきにつけ、一瞬の内に伝わる情報社会の中で、遍路信仰とそ の心を何時までも残すことの難しさを感じます。しかし、生活様式は変り、人の心は変 っても、広くて大らかな風景がある限り、人はその風景に癒されて、心の何処かに 変らない部分が残るのではないでしょうか。千年経っても変らずにいてほしい、、、。 是非そうあって欲しいと祈るのみです。
牟岐の町を暫らく行くと、55号線沿いにテントを張った無料お接待所があり、 2・3人のおばさんが、歩き遍路にお茶のお接待をしているのが見えました。 おじさんも中に入って、お茶を頂きながら話の輪に入っていきました。此処では 春と秋、お遍路の季節になると、町の人が当番製で遍路のお世話をしているのだ そうです。多分、昔からこの辺りの慣わしとして引き継がれてきたことでし ょう。お接待をいただく遍路としては、感謝と同時にこの土地に何かお返し 出来るものはないかな、という気持ちになります。そんな会話の中で、今朝、 ビニ−ル袋に道端の空き缶を拾いながら歩いているお遍路を見たことを話 したら、目の前の50歳半ばくらいのお遍路が「多分私でしょう。缶を拾っていると売 れ筋商品がよく分るね」と、、、。感心な人もいるもんです。ますますなにか出 来ることはないものか、、、。そう言えば、以前読んだ遍路本に「接待を受ける だけの受身の遍路から、施す側の遍路に変身すること。足元のチリ一つ拾うのも、 立派な「身施」、笑顔で挨拶は「和願施」「言施」であると書いてありました。 おじさんになにが出来るのか、反省しきりの無料接待所での会話ではありました。
海南町、宍喰町を通り、水床トンネルを抜けると、「高知県」と書かれた最初 の道標が立っています。ここからは遮るもののない、一面海を見ながらの走りとな ります。水平線が緩い弓なりに見え、濃く青い海は人の心を大きくゆったりと させます。この海を見ながらエンドレスに走りつづける幸せを満喫しながら、、、。


2002.3.13
弓なりの水平線からの日の出


四国に入ってから、海と言い川と言い、濁った水を見たことがありません。 空高くトンビの鳴声が聞こえ、海に流れ込む名前も知らない川の河口に、カワセ ミの姿を見つけました。生でカワセミを見るなんて、子供の頃以来何年十ぶりで しょう。更に走っていると、道路を隔てた右側の雑木林の方から、ポキッポキッと 木の枝を折るような大きな音が聞こえてきます。誰かが雑木林の伐採でもして いるのかとふと横を見ると、なんと、木の枝に掴まってこちらを伺っている野生 のサルと目が合ってしまいました。久し振りに通る通行人に自分の存在をアピ −ルするためか、木の枝を折って人の気を引いたのでしょう。悪戯好きのサル もいるものです。そう言えば「攻略本」にも「ゴロゴロあたりで野生のサルが出 るかも、、」と書いてあったのを思い出しました。室戸市に入ると田圃に水を引 き、田起こしをしているおじさんを見かけました。なんと蛙の合唱も聞こえて きます。南国高知は春が早いのを実感します。自転車で走ると、その先々で懐かし い自然と出会います。
昨日までの山の風景、そして今日の海の風景、四国遍路は今に残る日本の 原風景との出会の旅でもあるようです。特に自転車遍路は、歩き遍路に比べ 人との出会いが限られるだけに、この風景との出会いを一期一会と心に刻み、 じっくり眺め、正面から向き合いたいものです。その時、この雄大な風景が癒しの 風景となって、おじさん自転車遍路をふわっとした柔らかさで包んでくれるよう です。
最御崎寺には御蔵堂近くの駐車場から650mの直登の階段を一気に登ります。
広い寺全体を覆う樹木は何となく南国風で、映画で見るジャングルのようです。 お参りをしての帰り道、5時も過ぎて雨が降り出しそうな曇り空と なってきました。木立のトンネルで覆われた下り階段は、薄暗く足元がおぼつ きません。100km超え走行の実感が湧いてきました。あまりにも色んな風景 を見てきました。今日はぐっすり眠れるでしょう。



2002.3.12
24番札所最御崎寺 仁王門


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