*定年おじさんの遍路雑感 癒しの風景を探して (2日目)
名古屋発22:30、深夜特急バスでの車中泊の間に、日常と言う着物を1枚脱いだおじ さんは、身軽になって翌3月9日早朝徳島駅に降り立ちました。 洗面を済ませスッキリした所で、さあこれからおじさんの自転 車遍路の始まりです。 最初にやるべきことは、運送会社まで前もって送っておいた自転車を 取りに行くことです。電車で行く手も有るが、運送会社から1番札所までは 6・7km有るそうです。着替え、自転車点検時間等含めると4・50分は掛かるで しょう。 何事もスタ−トが肝心です。門前1番街で遍路用品の買い物をしても 納経所の開く7時には間に合わせたい。ここは一番奮発してタクシ−を使うこ とにしました。 運送会社のお兄さんが親切に道筋を教えてくれたお陰で、スム−ス に1番霊山寺に到着です。 門前一番街で揃えた真新しい白衣に着替えると、俄か遍路が出来上がりました。 背中に書かれた「南無大師返照金剛」「同行二人」の文字が光ります。 作法どおり仁王門の前で一礼して寺内に入ろうとした時、門の脇にどっかと腰 を下ろしてこちらを睨んでいる人気に気がつきました。八十八ヶ所を無事廻り 終えた人でしょう。その赤黒く日焼けした顔は閻魔大王みたいで、正に遍路の 大親分の貫禄です。 門前を足早に行き交う新人遍路を悠然と睨んでいます。俄仕立てのおじさん 遍路としては、親分からの頑張れよの一睨に、身の引き締まる思いになりました。 それにしても、あの閻魔遍路の精悍な面構えと澄んだ目はどうしたことでしょう。 今は青白いおじさん遍路も、1ヵ月後にはあんなに精悍な面構 えになれるのでしょうか。 閻魔遍路に敬意の一礼をして、霊山寺本堂へ急ぎました。本堂の中では、 大勢の人がこれから始まる長い道中の無事を祈って一心に般若心経を唱え、 唱え終わると一人ずつ足早に寺を出て行きます。 おじさんも負けじと次の寺めざして自転車を漕ぎ出しました。しかし、このはや る気持ちが思わぬ出来事を引き起こし、お大師様から遍路の要諦「3つの戒め」 を貰うことになってしまいました。 2002.3.9 1番札所 霊山寺仁王門 家の前で子供達と車を洗っていたお父さんが、突然現れた変なおじさん遍路を 見て「あんた、どうしてこんな所に来たの」と言うような顔をしています。 完全に息の上がってしまったおじさんは、汗を拭き拭き、4番大日寺への 行き方を尋ねました。完全に逆方向です。呆れ顔のお父さんは、 子供達に家から大きな白い紙を持ってこさせて、分り易く4番・5番への道筋を 書いてくれました。 その地図を説明しながら、お父さん曰く「道が分らない時は、寺を出てすぐの 所で人に聞くといい、先に行く程大間違いになるからね。この辺では、お遍路さ んには誰でも親切に教えてくれますよ」と。 看板と地図と計画書だけを頼りに走る遍路の無意味さを、お父さん一家が教え てくれました。そしてあの坂道の苦しさは、新米遍路にその無意味さを身にし みて分らせるためのお大師さんからの「最初の戒め」だったのです。 それからというもの、おじさんはぎこちないながらも「ご迷惑をおかけします。 道を教えてください」と地元の人に思い切って道を尋ねました。 4番大日寺入り口は、新しいコンクリ−ト製の橋があり、そこから伸びる 参道やその手前の駐車場には砂利が敷き詰めてあります。橋に自転車を持たせ掛け 、納経帳や線香、写経等の入ったバッグを背負ってお参りに出かけました。 本堂、大師堂にお参りし、納経も済ませました。いざ自転車のところまで返って、 ロックを外そうとズボンのポケットに手を突っ込んだがキ−が無い。左右のポ ケット、上着のポケット全てのポケットを探しても何処にも無い。改めて自転 車を見たが、そこには太いワイヤ−ロックがしっかりと掛かっています。 出かける時、自転車を立て掛け、ロックしたまでは憶えているがその後は、、 、。そうすると、 キ−はこの境内の何処かに落としたに違いありません。何をした時、何処で落としたの だろう。すぐさま参道を引き返し、本堂、大師堂を探したが見つかりません。 念のため納経所に拾い物届でもないか聞いてみたが、そんなものはありません でした。 更に二度までも振り出しに戻って砂利石の中をくまなく探したがやっぱり見つ かりません。 こうなったらワイヤ−を切断するか、、、。頑丈なワイヤロックは普通のペン チや金鋸では切ろうにも歯が立たないし、、、。遍路1日目にしてリタイヤか。 それともママチャリでも買って続行か、、、。一瞬のうちに色んなことが頭に 浮かび、順序だてて物事が考えられなくなってしまいました。 2002.3.9 4番札所 大日寺の参道 遍路初日、新しい出来事の対応に大忙しのこんな時、 不用意にも、大切な物を単体で持ち歩くのが間違っていたのです。早速 持っているゴム紐にキ−を縛り付け、長いネックレスのように首から吊るすこと にしました。 同じように財布とカ−ドも巾着に入れて腰のベルトに縛り付けました。 お大師さんから第2の戒めを貰ってしまいました。 4番で思わぬ時間を取られてしまいました。次のお寺を目指して大急ぎで自転 車を漕ぎ出しました。こうなると出発前の「道中じっくり廻る」は、頭の 中からすっぽり抜け落ちてしまっています。 7番十楽寺を打ち終え、8番札所に向かう途中がまたまた大変な急坂です。しかし ギヤ−を最低速に落とし、自転車に乗ったままでこの坂を登りきろう。押して 上るより早いはずだ。こう考えたのがそもそもの間違いでした。 坂道の途中からペタルを踏む度に太腿内側の筋肉が少しづつ痛み出し、 それでもなおも漕ぎ続けると、今度は痛いを通り越して筋肉が痙攣を起こした ようになり、突然完全に引きつってしまいました。痛くて足を曲げることも出 来なくなってしまいました。 仕方なく自転車を横に倒し、突っ立ったまま、近くのガ−ドレ−ルに背中を持た せかけるのがやっとです。マッサ−ジしながら痛さが去るのを待ちましたが、 一向に良くなる気配が有りません。筋肉は硬く引き攣ったまま、、、。 痛くて冷や汗が出てきます。持ってきたバンテリンを取り出し、恥ずかしなが ら道端でズボンを下ろし太腿に刷り込み、痛い部分をマッサ−ジしながら 30分ほども立ち尽くしました。 足を引きずってこのままリタイヤかと悪い予感も走りましたが、なおも堪えて いると、少しづつ痛みもとれて足も曲がるようになってきました。 そのまま道端に座り込みマッサ−ジを続けました。お茶を飲み、気持ちが落ち着 いてきて頭に浮かんだのは、「焦ることはない。心を素直にして、道中じっく り廻れ」でした。頭で分っていても実行段階で出来ない悲しさ、、、。 お大師さんの3つ目の戒めでした。 以降9・10・11番を打ち、さくら旅館まではゆっくりゆっくりペタルを踏 みました。 計画より大幅遅れの到着となりましたが、明日からの長い遍路旅に必要な 多くのことを学んだ長い1日は終わりました。
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